「偶然を必然に変える」——印刷業の第二の創業から、北区のまちづくりまでを牽引する熱源
時代が目まぐるしく変わる中で、変化を恐れる人と、変化を「第二の創業」と捉えて楽しむ人がいる 。新興グランド社代表の宮坂一朗さんは、間違いなく後者だ。パソコン通信の時代からインターネットの波に乗り、アジアで技術指導を行い、現在ではAIの活用まで視野に入れている。その視線は常に、時代の少し先を見据えている。
宮坂さんと「つなぎ道」主宰の佐藤孝治との出会いは、およそ30年前に遡る。当時、北区・赤羽を盛り上げようとしていた若手経営者のネットワークと、佐藤を中心とした学生ネットワークが交差し、夜な夜な語り合ったのが始まりだという。
父親の早すぎる死によって家業を継ぎ、経営者として、そして地域のリーダーとして走り続けてきた宮坂さん。彼の歩みは、ただ事業を継続することにとどまらない。その根底にあるのは、「10回バッターボックスに立つ」という挑戦の哲学と、人を巻き込み、まちを動かしていく「この指とまれ」の精神である。
| 項目 | 内容 |
| 氏名 | 宮坂一朗さん |
| 主要な活動領域 | 株式会社新興グランド社 代表取締役、北区花火会立ち上げ、北マルシェ運営 |
| キーワード | 第二の創業、10回バッターボックスに立つ、この指とまれ、まちづくり |
| 記事の主題 | 変化を恐れず挑戦し続ける経営哲学と、人を巻き込む「つなぎ道」の実践 |
三振を恐れず、10回バッターボックスに立つ
宮坂さんの経営哲学を象徴するのが、自身の名前に重ね合わせた「イチロー」の比喩である。「あの天才打者・イチロー選手であっても、4割は打てない。つまり、10回バッターボックスに立って3回ヒットを打てば強打者なんです」と彼は語る。
「自分は天才ではないから、7回の凡打や三振を恐れない。とにかく10回バッターボックスに立たなければ、3本のヒットは打てないんだという感覚を持っています」
この言葉通り、宮坂さんは常に新しい機会を求め、挑戦を続けてきた。印刷という「紙」のビジネスに軸足を置きながらも、いち早くパソコン通信やインターネットの可能性に気づき、距離の壁を越える仕組みを取り入れた。さらに、自ら特許を取得し、中国や韓国、台湾へ技術指導に赴くなど、その活動領域は国境を越えて広がっていった。
「寝ながらでも考えていると、枕元にアイデアが降りてくることがあるんです。今まで塩と醤油しか使っていなかった料理に、違うものをかけてみたらどうなるか。そういうサプライズを常に探しています」
花火は目的ではなく、地域の絆を作る「手段」である
宮坂さんのエネルギーは、自社の経営だけにとどまらない。北区のまちづくりにおいても、その「この指とまれ」の精神は遺憾なく発揮されている。その代表的な事例が、2011年の東日本大震災をきっかけに立ち上がった「北区花火会」だ。
「花火というテーマは、嫌いな人がいないんです。野球なら巨人が好き、阪神が好きと分かれますが、花火は誰もが楽しめる。だから、みんなをまとめやすかった」
しかし、彼にとって花火を打ち上げることは最終目的ではなかった。「花火の運営に関わることで、来場者から『ご苦労様』と声をかけられる。それによって新たな出会いが生まれ、地域の絆が作られていく。花火は単なる手段であり、そのプロセスこそが本当の目的なんです」と宮坂さんは振り返る。
「まちづくりは、人づくり」。行政や区民だけでなく、地元にいるユニークなプレイヤーたちが活躍できる「機会(場)」を作ること。それこそが自分たちの役目だと彼は信じている。
偶然を必然に変える「つなぎ道」の実践
30年来の付き合いである佐藤の「つなぎ道」について、宮坂さんは「自分のなかでも、人間関係の捉え方が整理されてきた」と語る。
「例えば飲み会を企画するとき、あえて1席余分に空けておくんです。そして当日までの間に『ここにいるべき人は誰だろう』と考え、前日に出会った人を誘ってみる。あるいは、アポイントが重なってしまったら『問題ないから一緒にどうぞ』と合流させてしまう。そうやって、偶然を必然に変えていくんです」
つなぎ道を意識するようになってから、宮坂さんは「やってあげた」という感覚がなくなり、自分自身が心から充実していると感じるようになったという。
AI時代にも変わらない、人と人との化学反応
現在、宮坂さんはAIの活用についても研究を進めている。インターネットが普及した時と同じように、AIを単なるツールとして捉え、業務の効率化によって生まれた余白を、新しい価値創造に充てたいと考えている。
「ツールが変わっても、結局は人がどう使うか。そして、人と人がどうつながるかです」
10回バッターボックスに立ち続け、三振を恐れずにバットを振る。そして、面白いアイデアを見つけたら「この指とまれ」と声を上げ、周囲を巻き込んでいく。宮坂一朗という熱源がある限り、そこには必ず新しい「縁」が生まれ、まちが、そして人が動き出していくのだろう。
#15 宮坂一朗|10回バッターボックスに立つ経営者——まちづくりと「つなぎ道」の必然
株式会社新興グランド社 代表取締役。
5月15日生まれ(佐藤孝治と同じ誕生日、干支一回り違い)。
中学2年で父親を亡くし、家業の印刷会社を継ぐ。「第二の創業」を掲げ、ITの早期導入や特許取得による海外技術指導など、常に新しい挑戦を続ける。
地域活動にも尽力し、北区花火会の立ち上げや「北マルシェ」の運営などを通じて、プレイヤーが活躍できる場づくり(まちづくり=人づくり)を実践。
「10回バッターボックスに立つ」を信条に、現在もAI活用など新たな領域へバットを振り続けている。
新興グランド社 http://www.shinko-g.co.jp/
