駅を「通り過ぎる場所」から「集まりたくなる場所」に変える人

「ローカル線を守る」というより、駅から地域との関係を育てている——高橋秀歩さんが池野駅で続ける、静かで強い実践

地方の駅について語るとき、私たちはつい「利用者数」や「存続の危機」といった言葉から考え始めてしまいがちです。もちろんそれは大切な論点です。しかし、高橋秀歩さんの話を聞いていると、ローカル線の未来は数字の話だけでは測れないのだと思わされます。なぜなら彼が向き合っているのは、鉄道そのものというより、駅を起点に人が集まり、地域に愛着が生まれ、次の担い手が育っていく循環だからです。

岐阜県池田町出身の高橋さんは、小学生の頃から養老鉄道に関わり続けてきました。自由研究で地元の鉄道について調べたことを入り口に、「自分にできることから始めればいい」という助言を受け、まず駅の掃除を始めたといいます。その営みは家族ぐるみの活動として続き、中学・高校で仲間を増やし、やがて「養老鉄道応援団」の立ち上げへとつながっていきました。

印象的なのは、その出発点に大きな事業計画や自己実現の野心があったわけではないことです。話の端々から伝わってくるのは、もっと素朴で、もっと切実な感覚です。好きな鉄道があり、好きな駅があり、この場所が少しでも心地よくなればいいと思った。その思いを、できる範囲の行動に変え続けてきた結果として、今の高橋さんの活動があるのです。

小学生の駅掃除から始まった活動は、いつのまにか地域の風景そのものを変えはじめていた

高橋さんの活動の原点は、驚くほど地道です。小学校高学年の頃、家族と一緒に町内の駅を毎月掃除することを習慣にしたところから、地域との関わりが少しずつ形になっていきました。後から振り返れば、その行動は地域活動の第一歩だったと言えるのでしょう。けれども当時の本人にとっては、たぶんもっと自然なものだったはずです。好きなものを自分の手で支えたい。その気持ちが、長く続く実践の土台になっていました。

この話が興味深いのは、活動の継続を可能にした要素が、本人の熱意だけではないことです。高橋さんは繰り返し、家族の支えがなければ続けられなかったと語っています。事務的な段取りを手伝い、日々の手入れを支え、東京にいる今も活動の背後を支えている存在がいる。さらに、地域の大人たちとの出会いがあったからこそ、町や人のことを好きになれたとも話していました。つまり彼の実践は、若者が単独で地域を変えた物語ではなく、若い行動を周囲の大人たちが受け止め、応援し、関係性として育ててきた物語でもあるのです。

その積み重ねの先で生まれたのが、「養老鉄道応援団」でした。高校時代に仲間と団体を立ち上げ、掃除だけでなく、駅前を舞台にした企画やイベントへと活動を広げていく。ここで大事なのは、彼が鉄道を“守る対象”としてだけ見ていないことです。高橋さんの目線はいつも、鉄道の向こう側にある地域の日常へ向いています。駅をきれいにすることも、イベントを開くことも、最終的には「この町に関わる人が増えること」へつながっているのです。

観点高橋さんの活動の初期段階そこから見えてくる本質
出発点自由研究で養老鉄道を調べたこと好きな対象を自分ごととして捉える姿勢
最初の実践家族と一緒に駅の掃除を継続大きな構想より、まず手が届く行動から始める感覚
広がり方仲間が増え、団体化し、活動が継続した個人の熱意が関係性へ変わることで、地域活動は持続しやすくなる
支え家族や地域の大人の応援若者の挑戦を受け止める土壌が地域側にもあった

ひまわり花壇とマルシェは、駅を「用がある場所」から「行ってみたい場所」へ変える試みである

高橋さんの活動のなかでも象徴的なのが、池野駅の花壇です。もともとは貨物用の引き込み線があった場所で、長く使われず、草が生い茂っていた一角でした。そこを整え、土を入れ、毎年ひまわりを育てているといいます。きっかけは、駅に人が集まり、賑やかな場所になってほしいという思いでした。単に景観を整えるためではなく、駅に“名物”をつくりたかった。その発想が面白いのは、観光資源を外から持ってくるのではなく、今ある場所の記憶と余白を手入れすることで、地域の魅力を育てようとしている点です。

さらに、そのひまわりが咲く時期に合わせて「ひまわりマルシェ」を開いているところに、高橋さんらしさがよく表れています。花が咲いて終わりではない。そこへ地元の店やキッチンカー、子ども向けブース、音楽ステージを重ねることで、家族連れが訪れたくなる場にしていく。毎年100人規模の来場があるというこの催しは、派手な大型イベントではありません。むしろ、地域のサイズ感に合った、ちょうどよい賑わいを丁寧に育てているように見えます。

ここで起きていることを、単なるイベント運営として理解するのは少し違うでしょう。高橋さんがしているのは、駅を再び地域の中心に近づける仕事です。乗るためだけに立ち寄る場所だった駅が、花を見に行く場所になり、人に会いに行く場所になり、家族で過ごす場所にもなっていく。ローカル線の未来を考えるとき、私たちはしばしばダイヤや収支に目を向けます。けれども、駅が人にとってどんな感情を持つ場所であるかは、それと同じくらい重要なのかもしれません。高橋さんの実践は、そのことを静かに教えてくれます。

実践内容役割
ひまわり花壇使われなくなった引き込み線跡を活用し、毎年ひまわりを育てる駅に親しみや季節感を生み、名物化する
ひまわりマルシェ地元の店、キッチンカー、子ども向け企画、音楽ステージを組み合わせた催し駅前を家族連れが集まる場へ変える
駅の清掃毎月継続する日常的な実践活動の原点であり、地域との接点を保つ土台

彼が休学して向き合おうとしているのは、事業拡大ではなく「続いていく仕組み」をつくることだ

この春から高橋さんは、大学を1年間休学し、岐阜に軸足を置いて活動へより深く関わろうとしています。ここで興味深いのは、本人がこの期間を、いわゆる起業準備や成果最大化の時間として語っていないことです。むしろ彼は、東京からでは関われる度合いが限られ、団体としても少しずつ縮小気味になっている現実を見据えたうえで、今のうちに基盤を立て直したいと考えています。

その話ぶりには、いい意味で“ゆるさ”があります。明確なKPIがあるわけでも、短期で急拡大を目指しているわけでもない。けれども、それは覚悟が弱いということではありません。むしろ、地域との関わりは本来、スタートアップのような速度や尺度だけでは測れないものだと知っているからこその姿勢にも見えます。高橋さんが守ろうとしているのは、成果の数字というより、若い世代が地域に関わり続けられるコミュニティの温度なのだと思います。

対話のなかで印象に残ったのは、「次の周保くんのような人を見つけられたら、この1年は成功かもしれない」というやり取りでした。実際、高橋さん自身も、後継世代をどう育てるかを大きなテーマとして捉えています。団長職は代替わりしてきたものの、その先をどう継続させるかは簡単ではない。地域活動の難しさは、志の強さだけでは越えられません。人が入り、育ち、役割を引き継げる構造が必要です。高橋さんはまさに、その構造をつくろうとしているのでしょう。

これは、地域活動の話であると同時に、世代の話でもあります。自分がずっと前線に立ち続けるのではなく、自分のように地域に関わる若者が次々に現れる状態をどうつくるか。その問いを持てていること自体が、高橋さんの実践を一段深くしているように感じます。地域の未来とは、立派な計画書に書かれるものというより、次の担い手が自然に現れる土壌のことなのかもしれません。

駅前の賑わいづくりから観光、自転車、沿線連携へ——すべては「地域を好きでいられる接点」を増やすためにある

高橋さんの話を追っていくと、活動の射程は駅前イベントだけにとどまりません。使われなくなったレンタサイクルを再活用できないかと行政と交渉していたり、沿線自治体の高校生との探究活動につながる話があったり、別地域で駅前を盛り上げる若者との連携も始まっていたりする。個々の企画だけ見れば、ずいぶん幅広く見えるかもしれません。けれども、それらを一本につなぐ軸は明確です。地域に関わる入口を増やし、ローカル線や駅を「好きでいられる理由」に変えていくことです。

特にレンタサイクルの話は象徴的でした。単に観光商品の不足を嘆くのではなく、眠っている資産があるなら引き取り、自分たちで小さく始められないかと考える。その発想には、制度の外から地域の可能性を見直す柔軟さがあります。一方で、行政との関係も対立的ではなく、持ちつ持たれつのものとして捉えている。高橋さんは、民間だから自由に動けることと、公の仕組みと連携したほうがよいことの両方を、感覚的によくわかっているように見えます。

また、東京に出たことが地元への思いをむしろ強くしたという話も重要です。渋谷の人混みや速度を経験したからこそ、池田町の空の広さ、山と平野の境目にある景色、空気の静けさ、ゆっくり流れる時間の価値が身体感覚としてわかるようになった。高橋さんにとって地元は、抽象的に守るべき地域ではありません。帰ってくると落ち着き、やはりここが好きだと思える場所なのです。だから彼の活動には、地域振興のスローガンではなく、生活者の実感が宿っています。

高橋秀歩さんが育てようとしているのは、ローカル線そのものではなく、ローカル線のまわりで生きる希望なのかもしれない

ここまで読んでくると、高橋秀歩さんの実践は「鉄道好きの学生による地域活動」という説明だけでは収まりきらないように思えます。もちろん、その出発点には鉄道愛があります。けれども今の彼がしているのは、もっと広い仕事です。駅をきれいにする。花を植える。マルシェを開く。若い担い手を探す。行政と話す。他地域とつながる。自転車や観光の可能性を考える。そのすべては、地域との関係を育てるための手仕事としてつながっています。

高橋さんの面白さは、壮大なビジョンを声高に語るところではなく、まず自分が動ける範囲を見つけ、そこに手を入れ続けるところにあります。しかもその行動は、本人ひとりの達成感に閉じていません。駅に人が来ること、地元の子どもたちや家族が楽しめること、次の世代が関われることへと、常に視線が開かれています。その意味で彼は、地域活性化のプレイヤーというより、地域との関わり方を次世代向けに更新している人なのかもしれません。

ローカル線を残すには、制度や財政の議論が欠かせません。けれども、それだけでは人の気持ちは動きません。誰かにとってその駅が大切な場所であり、行ってみたい場所であり、また関わりたい場所であること。高橋さんは、その感情の基盤を地道につくっている人です。駅を「通り過ぎる場所」から「集まりたくなる場所」へ変えていくこと。それは、地域の未来を派手に変える革命ではないのかもしれません。しかし、こういう実践こそが、いちばん長く効いていくのではないでしょうか。

つなぎ道トーク #4 高橋秀歩|

東京大学文学部社会学専修4年(休学中)
養老鉄道応援団発起人|トレハンぎふ|東大生地方創生コンソーシアム|Rural Labo|株式会社イツノマ 学生インターン
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